陰キャの日々は波乱万丈
目次
■はじめに ~陰キャという生命体~
陰キャという生命体は、一見強がっている風に見えてもその実メンタルよわよわ星人であり、非常に打たれ弱い繊細な生き物です。
なので弱点が多い。特に苦手なのが、オシャレスメルがプンプン漂うキラキラ空間です。陰キャがこういった空間に身を置くと、個体差にもよりますが大体30分~1時間ほどで正気を失います。
基本的にこういう空間には近づかないようにしているんですが、時にはどうしても行かねばならない時もあります。
それは美容院です。散髪ですね。髪が伸びるという生理現象。ギリギリまで放っておくものの、物事には限度というものがあります。毛の分量が頭部と社会規範の許容量を超えた時、嫌でも髪を切りに行かねばなりません。
ってオイオイオーイ! 髪切るだけならわざわざ美容院行かんでも1000円カットとか、そうでなくても床屋に行けばええやーん!
というツッコミをいただきました。全くもってその通りです。ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。
行きづらい嫌だ行きたくないとぶちぶち文句を垂れ流しつつ、それでも陰キャが美容院へと歩を進めてしまうのは、陰キャが陰キャであるが故の屈折があります。
陰キャは陽キャのことが嫌いです。しかしその嫌いを紐解いていくと、ある2つの感情が顔を出します。「憧憬」と「嫉妬」です。
憧れ、手を伸ばせど届かない。陰キャにとって陽の世界とは、空高く浮かぶ太陽のような存在なのです。
求めても求めても届かないから、いつしかは太陽の存在を否定し、蔑み、陰の世界に引きこもり、この場所こそが正義であると叫びます。こうして出来上がったのが陰キャです。
つまり陰キャは、陽の世界を嫌いつつも憧れているのです。だから、しぶしぶといった面持ちで今日も美容院へと向かい、陽の世界の壁にぶち当たり、すごすごと陰の世界に還っていくのです。
今回はそんな陰キャの悲しき生態をご紹介していきたいと思います。ハンカチ片手にご覧ください。
■ここが辛いよ美容院!
まっっっっったく会話が続かない
そもそもの前提として、陰キャには「会話を広げる」という機能が備わっていません。加えて、陰キャと美容師との間に存在している共通項といったら、お互い生きてるということくらい。
そんな間柄なので、会話が弾むわけがないんですよね。美容師さんは仕事なのでこんな陰キャにも会話を振ってくれますが、いかんせん陰キャのコミュ力が低すぎて、基本的に会話はワンターンで終了します。
分かっています。原因は陰キャ側にあります。責は陰にあり。
「休みの日何やってるのか」と聞かれたら、家で○○やってますと答えるのが最低限の会話というものです。しかしテンパる陰キャにはその最低限すらできない。
散髪中に陰キャがただひたすらに願っていること。それは「やめろ! もうやめてくれ! 話しかけるな! 無言で髪をそれなりに見目よく整えてくれればそれでいいから!」です。
お澄まし顔で席に座りつつ、切に切に願っている陰キャ。その願いも虚しく話しかけられてしまったとき、陰キャは「アッアッアッアッ」となるのです。
今日はどんな感じと言われても
散髪前にまず陰キャの壁となるのは、美容師さんからの「今日はどうされますか?」という質問です。
いやどうされますかと聞かれても……髪切ってくれ! としか言いようがないんですよね。細かいことはどうでもいいから、とにかく短くしてくれと。まあ、恥ずかしくてそんなことも言えないので毎回返答に詰まってしまいます。
しかし陰キャだってバカではありません。この日は事前にネットで調べた「定型文」みたいなものを用意してきました。
震えながら椅子に座って深呼吸を1つ。必殺のフレーズは何度も胸の中で反芻している。いく、いける、今日こそいける。
美「お待たせしましたー、今日はどんな感じにします?」
陰「アッ、前髪は目にかからないくらいで、エート、全体的に、軽くする感じで……オネシャス! ハイ!」
言えた! 言えたぞ! 淀みなくスムーズに(当社比)言えた! なあんだ、案外チョロイじゃん、美容室。敗北を知りたい。
美「かしこまりましたー。後ろはどうしましょうか? ちょっと刈り上げます? 再度はツーブロック入れましょうか? トップは残しますか?」
陰「エッ? アッ、アッ、ウーン、ソーッスネ……ウン。マアソノ、イイカンジで……」
あえなく撃沈。
矢継ぎ早に浴びせられる確認。溢れる疑問。何語? それどういう意味? 刈り上げってそれ、タラちゃんみたいになるんちゃうんか???
思考の波に押しつぶされ、やがて陰キャは……考えるのをやめた。
世の中、そうそう上手く物事は運ばないもんだ。世知辛い! 次こそ頑張れ陰キャくん!
毎回同じことを聞かれる
会話ベタかつジミジミの実を食べた地味人間な陰キャは、人に与える印象というものが非常に希薄です。端的に言えば、覚えてもらえません。
なので行くたび行くたび「冗談だろ?」と思うほどに同じ話題を振られます。それはさながらアニメや漫画でみた時間逆行もののよう。
しかし、僕が何度同じ展開を繰り返そうとも、ドラマチックな展開は何も起こらないし、未来で待っててくれるイケメンもいません。千秋……。
いやでもおかしいよね。普通さ、何かこう……顧客情報とかさ、あるじゃんな?
それすらもくぐり抜ける陰キャのハイド力。生まれる時代と場所を間違えたとしか言いようがないですね。戦国自体の伊賀の国とかに生まれておくんだったわ。いやー失敗失敗。
自分との対面を強いられる数十分
目の前にドンと置いてある鏡も陰キャの心をえぐります。
映るのはもちろん自分の顔。そこで自分のイケてないっぷりをまざまざと呈示され、そっと自分から目を逸らす……というのが常。
洗練されたお洒落空間に陰のオーラ丸出して座る自分はまさしく異物。世界観が違いすぎてケツの座りが悪い。
基本的に散髪中は鏡を見ないようにしてずっと下を向いています。最近はコンタクトでなく眼鏡で赴くことで、髪を切られている間は視界をぼやかすという高等テクニックを覚えました。ド近眼もたまには役に立ちますな。
■それでも陰キャは美容院に行く
何度通っても空間に馴染めない。しかし髪が伸びて伸びてどうしようもないのだから切りにいくしかない。そして陰キャは再び「ふうやれやれ……」と重い腰を上げて美容院へ向かいます。
皆さんが何気なくこなしている日常生活の一コマも、陰キャからすれば高く堅牢で威圧感バリバリの関門なのです。
今日も陰キャは世界のどこかで戦っています。
皆さんが友人と談笑している時、カフェで優雅なひと時を過ごしている時、自宅でテレビを見ながらくつろいでいる時、そんな何気ない毎日のふとした瞬間に「そういえば」と思い出していただければ。そして少し笑って憐れんでくれれば嬉しいです。